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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2467号 判決

控訴人

斎藤武

訴訟代理人弁護士

小池通雄

(ほか五名)

被控訴人

ソニー株式会社

代表者代表取締役

盛田昭夫

訴訟代理人弁護士

馬場東作

(ほか三名)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原審昭和四五年(ワ)第三〇三二号事件につき「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、原審同年(ワ)第四七五九号事件につき主位的に「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金九三九万六、〇三五円及びこれに対する昭和五二年三月一〇日から右完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、右金員請求につき予備的に「被控訴人は控訴人に対し金二七八万九、〇一〇円及びこれに対する昭和五二年三月一〇日から右完済まで年五分の金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(1)  原判決二丁裏七行目の「被告は」の前に「被控訴人(原告)は肩書地に本社を置き、品川、羽田、大崎、芝浦等に工場を有し、テレビジョンセット、テープレコーダー、トランジスタラジオ等の電気通信機器の製造販売を業とする株式会社であるが、」を加える。

(2)  同七丁裏三行目の「正規」を「中高年正規従業員登用試験」と改め、同一〇丁表三行目の「雇用契約」の次に「が」を加え、同裏末行の「数増」を「激増」と、同一一丁表四行目の「倉庫等現業務」を「倉庫管理業務」と、同一二丁表五行目の「同二」を「同(二)」とそれぞれ改める。

(3)  同一三丁表四行目及び八行目の「成積」をいずれも「成績」と改め、同裏一行目の「すぎず」の次に「、」を加える。

(4)  同裏二行目の次に行を変えて次のとおり挿入する。

「3項のうち控訴人の構内立入りが不法であるとの点は否認し、その余の事実は認める。」

(5)  同裏末行の末尾に「また、その業務の内容は全く臨時的性格を有するものではなかった。」を加え、同一四丁表末行の「石作業」を「右作業」と改める。

(6)  同一五丁表九行目の「差異のない」を「差異がなく、しかも全く臨時的性格のない」と改め、同末行の「法的には」から同裏一行目の「解すべきである。」までを「法的には初めから期間の定めのない雇用契約であったか、ないしはかかる契約に転化したものと解すべきである。」と改める。

(7)  同丁裏末行の末尾に次のとおり加える。

「すなわち、仕事の内容には差異がないのにかかわらず、賃金、一時金、退職金、厚生面での保障等について、男子パートタイマーを正規従業員と差別した劣悪な勤務条件の下におき、労働基準法二〇条、二一条の趣旨を僣脱しようとする脱法的意図が存するのであるから、控訴人と被控訴人との間の期間の定めのある雇用契約は最初から期間の定めのない雇用契約として扱うべきであり、仮りに期間の定めのある雇用契約であったとしても、期間の満了を理由とする雇用契約の終了の主張は不当である。」

(8)  同一六丁表八行目の「であり、」の次に「あるいは少くとも期間の定めのない雇用契約と実質的には異ならない状態で存在していたのであるから、」を、同裏三行目の「廃止の次に「」」を加える。

(9)  同一六丁裏五行目の次に行を変えて次のとおり挿入する。

「控訴人を含む男子パートタイマーの従事している業務の内容は前記のように全く臨時的性格を有するものではなく、男子パートタイマー制度の廃止によってその業務が必要でなくなるのではなく、正規従業員に引き継がれるものであったから、本件雇用契約を終了させる正当の事由は存在しなかった。」

(10)  同一八丁表四行目の次に行を変えて次のとおり挿入する。

「仮りに登用試験の性格が形式的のものでなかったとしても、試験の不合格と雇用契約の終了とは別個のものであり、雇用契約の終了について正当事由が存しない以上、男子パートタイマーとしての雇用契約は控訴人と被控訴人との間に存続していると解すべきである。」

(11)  同丁裏六行目の「(二)」を「(一)」と改める。

(12)  同二〇丁表七行目の冒頭に「控訴人は」を加え、同裏一行目の「比し」を「対し、」と改め、同四行目の「運搬等の」の次に「、」を加え、同六行目の「定め」を「定めて採用していたのであり」と改め、同九行目の末尾に次のとおり加える。

「一般に正規従業員と有期雇用者とは採用方法、従事する業務の性質が異なるのみならず、両者の間には能力の伸びないし将来の成長に対する期待や定着性に差異が存し、その差異が労働条件に反映しているのであって、これは社会一般の常識から是認されるべきものである。また、被控訴人に勤務する有期雇用者の労働条件は、決して悪いものではない。」

(13)  同二三丁表三行目の次に行を変えて次のとおり挿入する。

「5 控訴人の定年による雇用契約の終了

仮りに控訴人と被控訴人との間の雇用契約が昭和四五年三月一五日かぎり期間満了により終了したと認められず、控訴人の主張するように被控訴人が控訴人を中高年正規従業員として扱うべきであったとしても、控訴人は大正九年三月九日生れであるから、被控訴人の就業規則五〇条により満五七歳で定年となり、昭和五二年三月九日をもって右雇用契約関係は定年により終了したものである。

五、被控訴人の反論に対する控訴人の答弁、主張

四、5項のうち、控訴人が大正九年三月九日生れであり、被控訴人の就業規則五〇条によれば満五七歳で定年となることは認め、その余の事実は否認する。被控訴人の就業規則によれば、定年に達した後においても、特別社員として満六〇歳まで雇用する取扱いになっており、現にこれが慣行的取扱いとなっているのであるから、控訴人についても特別社員として満六〇歳まで就労しうる権利があるというべきである。」

(14)  同二七丁表一行目から同末行までを次のとおり改める。

「5(一)、したがって、被控訴人は控訴人に対し、昭和四五年三月一六日以降、中高年正規従業員としての賃金、一時金、住宅手当金及び祝金を支給すべきところ、別紙(中高年正規従業員賃金等一覧表)の控訴人主張金額欄記載のとおり、控訴人のうべかりし昭和四七年一〇月から控訴人の定年の日である昭和五二年三月九日までの賃金は合計金五五〇万九、〇四八円であり、昭和四七年度から昭和五一年度までの一時金は合計金三六六万五、〇一二円であり、昭和四七年一〇月分から昭和五二年三月分までの住宅手当金は合計金一六万二、〇〇〇円であり、昭和五一年五月に支給されるべき祝金は金五万九、九七五円である。なお、その算定方法は、同表の控訴人主張欄に記載した(備考)の該当部分に記載したとおりである。

(二)、よって、控訴人は被控訴人に対し、主位的に以上合計金九三九万六、〇三五円及びこれに対する控訴人の定年の日の翌日である昭和五二年三月一〇日から右完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを求める。」

(15)  同二七丁裏一〇行目から同二八丁表九行目までを次のとおり改める。

「(二)、(1)、したがって、控訴人は、昭和四五年三月一六日以降も男子パートタイマーとしての地位を失うものではないというべきところ、被控訴人が控訴人に対し、違法かつ不当にも右同日以降の雇用契約の更新を拒絶(解雇)したものである以上、控訴人は右同日以降その賃金請求権については単に男子パートタイマーとしての賃金請求権を有するにとどまらず、中高年正規従業員と同一の賃金請求権を取得したものというべきであるから、被控訴人に対し、前記5項記載の金員を請求しうるものである。

(2)、仮りに右主張が認められないとしても、控訴人は男子パートタイマーとして、昭和四五年三月一六日以降、時間給金一九〇円、一日七時間労働、一カ月二五日勤務として一カ月金三万三、二五〇円(理論月収)を、毎月二五日かぎり一カ月分を請求できたものであるから、控訴人の定年の日である昭和五二年三月九日までのうべかりし賃金は(合計八三カ月と二二日間分=二〇日じめの二五日払いとして端数を算定)、合計金二七八万九、〇一〇円となる。

(3)、よって、控訴人は被控訴人に対し、予備的に右金二七八万九、〇一〇円及びこれに対する控訴人の定年の日の翌日である昭和五二年三月一〇日から右完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを求める。」

(16)  同二八丁表末行冒頭の「1、」を削り、同裏末行の「別紙の原告主張額欄」を「別紙(中高年正規従業員賃金等一覧表)の被控訴人主張額欄」と改め、同行末尾に「なお、その算定方法については、同表の被控訴人主張欄に記載した(備考)の該当部分に記載したとおりである。」を加える。

(17)  同二九丁表四行目の「のうち」を「の主張は争い、同(2)のうち」と改める。

(18)  同二九丁表六行目から同三〇丁表一〇行目までを削る。

(19)  同三〇丁裏四行目の「前項の一(2)ないし(3)の主張は争う。」を削る。

(20)  原判決添付の別紙を本判決添付の別紙(中高年正規従業員賃金等一覧表)に改める。

理由

第一  原審第三〇三二号事件について

一  被控訴人が肩書地(略)に本社を置き、品川、羽田、大崎、芝浦等に工場を有し、テレビジョンセット、テープレコーダー、トランジスターラジオ等の電気通信機器の製造販売を業とする株式会社であること、控訴人が昭和四〇年五月八日、被控訴人に男子パートタイマーとして、雇用期間を二カ月、賃金は時間給と定めて雇用され、被控訴人の本社品川工場に勤務し、その後引続き期間満了の都度二カ月間の雇用契約が更新されてきたこと、控訴人と被控訴人との間に締結された最終の、昭和四五年一月一六日付契約により、雇用期間は同日から同年三月一五日までと定められていたところ、被控訴人が右契約を更新しなかったことは、当事者間に争いがない(なお、〈人証略〉によれば、雇用期間の満了の日を賃金の支払日に合わせるため、一度だけ二カ月をこえる期間を雇用期間と定めて契約更新を行なった事実のあることが認められる。)。

二  控訴人は、控訴人と被控訴人との間の男子パートタイマー雇用契約における期間の定めは文字どおり形式的なものであり、右契約は実質的には最初から期間の定めのない契約であったか、ないしは期間の定めのない契約に転化したものであると主張するので、まず、この点を中心に同契約の法的性質について検討する。

1  被控訴人の主張する請求原因2(一)(1)の事実のうち、被控訴人が約一〇数年前から公共職業安定所を介して男子日傭労働者を雇入れ、ついで雇入れの方法を「指名雇用」に切換え、その後男子パートタイマー制度を確立したこと、昭和四〇年以降男子パートタイマーの応募者が減少し、昭和四二年七月以降その採用が中止されたこと、被控訴人が従来男子パートタイマーが従事していた職務の一部につき機械化の促進、ビルド・サービス株式会社等への委託を行なったこと、昭和四〇年、四一年に約三〇名の中高年男子が正規従業員として採用されたこと、右従業員の募集が被控訴人主張の方法で行なわれ、男子パートタイマーからの応募も認められたこと、男子パートタイマーの在籍数が被控訴人主張のとおりであったこと及び同(2)、(3)の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右事実に、(証拠略)を総合すると、以下の事実が認められ、その認定に反する(人証略)は措信しない。

(一) 被控訴人は、本社工場(品川)及び隣接工場(羽田、大崎、芝浦)における製品の運搬、梱包等の出荷業務に備えて、当初五反田公共職業安定所を介して男子日傭労働者を雇入れていたが、その後雇入れの方法を職業安定所に必要氏名を通告するいわゆる「指名雇用」に切換えた。しかし、昭和三五年頃にいたり、さらに企業の急激な発展に伴なうこれら業務の繁忙に対処するため、これら作業にみあうよう一定期間を限って被控訴人が直接雇入れ、雇用の安定を図る必要が生じ、また、付随的に正規従業員の労働力を補充するため、製造工程に付属する比較的単純で反覆的な補助的作業にも男子を配置する必要も出てきたので、雇用期間を二カ月とする男子パートタイマー制度を設けた(名称は男子パートタイマーであるが、勤務時間は正規従業員と同様午前八時三〇分から午後四時三〇分まで実働七時間を原則とするものである。)。ちなみに、控訴人が入社した昭和四〇年五月当時、控訴人は新聞の求人広告で男子パートタイマーを「運搬、梱包係」ないし「補助作業員」として募集していた。被控訴人は、男子パートタイマーの雇入れについては、正規従業員に対する入社試験とは異なり、面接及び身体検査による詮衡を経て採用しており、採用を決定すると、勤務期間、勤務の種類、勤務時間、賃金等の労働条件を記載した採用通知形式の書面を当該パートタイマーに交付していたが、右書面には契約の更新について特段の記載はなかったものの、被控訴人は採用にあたり当該パートタイマーに右雇用期間満了後も特段の事情のないかぎり雇用契約を更新する旨述べていた。

(二) 男子パートタイマーの採用、退職状況の推移は、本社工場の場合、昭和三六年一二月に初めて三名が採用され、昭和三七年度は二月から一一月までほぼ毎月一名ないし三名程度の採用にとどまっていたが、昭和三八年以降採用者数も漸増する一方、退職者もかなり出るようになり、毎月若干の変動を示しながら在籍人員は逐次増加し、控訴人が雇用された昭和四〇年五月当時は一三一名が在籍し、昭和四二年二月には一六九名と最高数を記録した。

その間、昭和四〇年後半頃から、労働市場、雇用形態の変化に伴ない、男子パートタイマーの応募者数も減少し、かつ応募者の質的低下がみられるようになり、他方被控訴人は後記のように昭和四〇年、四一年頃から中高年正規従業員を採用しはじめ、かつ、これが好評であったので、その在籍人員の増加を図るとともに、昭和四二年七月以降男子パートタイマーの新規採用を中止するに至った。

それと同時に、被控訴人は、従来男子パートタイマーが従事していた職務の一部について機械化を進め、また、独立性を有するものについては訴外ビルド・サービス株式会社その他に委託するなどした。新規採用をやめた当時の在籍男子パートタイマーの数は一三二名であったが、その後わずかづつ退職する者が続き、昭和四五年一月当時六四名が在籍するにとどまり、そのうち一八名が六〇才以上の高令者であった。

(三) 男子パートタイマーはその仕事内容が単純で飽きを生じやすく、雇用の不安定感や正規従業員に比し低い賃金等に対する不満もあり、あるいは他に就職するまでの暫定的職種として利用する者も多かったため、退職する者も少くなく、前記のように在職者数の変動はかなり激しかったのであるが、他面、被控訴人側において、勤務成績の悪い者、社外で非行を犯した者について、雇用期間満了に際し契約を更新しなかった例が数件あったとはいえ、昭和四三年以降業務上必要がないとして契約更新をしなかった例はみられず、男子パートタイマー側からの退職希望のないかぎり契約更新を反覆してきたものであって、昭和四五年一月当時の在籍者六四名の平均勤続期間は四年近くに及んでいた。そして、被控訴人は、その生産計画の編成、夏休みの割りふり等の予定を立てるにあたり、男子パートタイマーをその雇用期間に関係なく組み込み、また、社内製品の割引月賦購入、社内旅行の積立て等についてもその雇用期間に関係なく正規従業員と同様の取扱いをしていたのである。

男子パートタイマーの契約更新にあたっては、被控訴人の勤労部人事担当課長から各職場の所属長に対し、電話または口頭で、継続雇用の必要性の有無を確め、所属長においてその必要を認め、かつ、本人から退職する等特段の申出のないかぎり当然本人も継続雇用を希望するものとして、人事係へその旨連絡すると、人事係では、採用時と同一様式の、雇用期間、賃金等労働条件を明示した書面を作成し、これと同係にある台帳とに割印を施したうえ、雇用期間満了の前々日、前日ないしおそくとも当日までに、所属長を経由して本人に交付するという方式がとられ、控訴人に対する二八回に及ぶ契約更新についても同様であった。

(四) 男子パートタイマーは、前記のように制度発足当初から主として運搬、梱包関係の補助的作業に従事し、在籍者数が最高を記録した昭和四二年二月当時も、その過半数は右のような作業を担当していたが、控訴人のように製造部門に配置され、製造工程の各種業務に従事する者もみられ、中高年正規従業員と同様の作業を担当する者もあった。

もっとも出荷に関連する製品検査業務、あるいは製造工程に付属する各種業務についても、男子パートタイマーの担当業務はおおむね単純、反覆的なもので重要度の低いものであり、正規従業員、あるいは中高年正規従業員の従事する業務が工程管理、あるいは入出庫管理的なものであるのに比し、全体的にみれば質的に相違するものであった。

〈省略〉

控訴人は、被控訴人に採用されると同時に本社工場第三製造部(現在の工作部)第二課のモーター製造工程の特機班に配属され、主として、テープレコーダー用モーターの注型業務や、回転子コーティング業務等に従事したが、第二課内での部品の運搬、通函の整理等の雑役的業務にも従事した。控訴人の勤務期間中における業務内容は次(編注・上表)のとおりである。

右のうち、注型業務は、モーターの回転子のコイルを、ポリエステル樹脂を注入して固める作業で、特機班は主として、当時既に本生産をやめてアフターサービスの補修用にごく少量生産していたD一〇三Gモーターの生産を担当していて、控訴人もその注型業務を担当したが、その外D三〇二G、D四〇三Gのモーターの注型業務も行なった。これらを合せても全体のモーター生産に占める割合は少なかったが、注型業務は控訴人一人が担当し、控訴人が他の作業に従事していた間は、正規従員業やI・S(インダストリアル・スチューデント)が担当していた。控訴人が雇用契約の更新を拒否されて後、この業務は下請会社に回され、その際の実習期間は二日間を要したにとどまる。もっとも、控訴人は、D一〇三Gモーターの注型業務は反覆的に行なうことができたが、他の機種については、冶工具、金型の不備を補う等の工夫をしたり、一日の所定労働時間内に一日の目標数を達成するため作業手順を工夫したり、樹脂の注入、恒温槽での硬化のための加熱、クリーニング等の作業に控訴人なりの配慮、工夫をし、それなりの成果をあげていた。

(五) ところで、被控訴人は、男子パートタイマー制度の前記のような行詰りの状況を考慮し、昭和四〇年、四一年に製造部門に付帯する業務に従事させるため、試験的に四五才以上の中高年男子を、入社試験を経て正規従業員として約三〇名採用したところ、配置先の職場からよく働くと好評であったので、それ以後その採用を積極的に進め、毎月新聞紙上で公募した。この応募者は、男子パートタイマーの応募者数と対照的に極めて多く、被控訴人は学科試験やクレペリンテスト等を行なって採用していたが、競争率も高かった。

昭和四五年末当時、本社及び隣接工場関係で正規従業員約四、〇〇〇名のうち、中高年正規従業員は約三五〇名となっていた。

中高年正規従業員には、男子パートタイマーからの応募も認め、昭和四一年四名、同四二、四三年に各五名、四五年に四名が合格して正規従業員となった。控訴人も昭和四三年八月に一度右試験に応募したが、不合格となっている。なお、この時の男子パートタイマーからの応募者は四、五名で、うち二名が合格した。

(六) 被控訴人は昭和三五年頃から期間二ケ月の女子パートタイマーをも雇用していたが、昭和四三年一月、雇用期間六カ月のソニーコーポレーター(略称S・C)の制度を設け、S・C候補の中から試験を経てS・Cを採用することとし、その結果従来の女子パートタイマーのほとんどがS・Cとなった。そして、被控訴人には、有期雇用者として、ほかに、インダストリアル・スチューデント(略称I・S、定時制高校通学者で雇用期間一年)、嘱託(雇用期間一年)が存在したが、昭和四四年末当時で、有期雇用者は、S・C、同候補が大部分を占め、男子パートタイマーは最も少ないグループとなっていた。

これら有期雇用者に対して、それまで正規従業員の就業規則の一部が適用されていたところ、被控訴人は、昭和四四年一一月に有期雇用者就業規則を制定実施した。右規則は、第一条でその適用対象者たる有期雇用者を定義して、「一年以内の期間の雇用契約を締結し、会社の業務に従事するものをいう。」と規定し、第四三条で雇用契約の解約について定め、一項は「会社は、契約期間満了に際し、事前に予告することなく雇用契約を更新しないことがある。」とし、二項は「(1)心身の故障のため業務に堪えられないと認めたとき、(2)技術又は能率が著しく低劣のため就業に適しないと認められたとき、(3)事業の縮少又は業務の都合によって剰員となったとき、(4)学生の身分であることを条件として雇用された者が在学先において休学又は留年し或は学生としての身分を失ったとき」の一に該当する場合における、契約期間中における解約を定め、第四四条は右解約の場合の三〇日前の予告(ないし三〇日分の平均賃金の支給)を定め、その他第四八条は懲戒処分の一種としての即時解約について規定しているが、契約の更新手続等については特段の規定はなく、退職一時金については、原則としてS・Cを対象とする慰労金支給の定めがあるにとどまる。なお、右規則には、正規従業員の就業規則にあるような定時昇給の規定も設けられていない。

2  以上認定の事実関係からすると、男子パートタイマー制度は、景気変動に対応する雇用調整の見地から、また、主として運搬、梱包等の補助作業、あるいは製造部門の一部ないしそれに付属する比較的単純で、かつ反覆的な補助的作業に男子パートタイマーを従事させることにより正規従業員の労働力の不足を補填する必要から設けられたものであって、被控訴人は、男子パートタイマーの雇入れにあたっては、雇用の期間を二カ月と定めて契約しており、その雇入れの手続は正規従業員の場合に比べて簡単であり、その採用の基準も低かったこと、男子パートタイマーの勤務時間は、正規従業員と同様であったが、男子パートタイマーが実際従事した業務は、臨時的性格を有するものではなかったとはいえ、比較的単純で反覆的な補助的業務であり、中には正規従業員と同様の作業を行なった者もいたが、この場合でもその業務は高度の知識、訓練を要するものではなく、短期間で修得できる軽度の業務に限られており、全体としてみれば、正規従業員と男子パートタイマーとではその担当する業務の間に質的な相違が存していたこと、男子パートタイマーの賃金は正規従業員のそれと比べると、かなり低いものであり、定時昇給の制度もなく、適用される就業規則も異っていたこと、男子パートタイマーの雇入れ及び退職による在職者数の変動はかなり激しいものがあったが、被控訴人は雇用期間の満了にあたっては男子パートタイマー側から退職希望のないかぎり、原則として雇用契約を更新してきたこと、その更新の手続は、本人に書面を交付する方法により常に履践されていたこと、なお男子パートタイマーと正規従業員との間には制度的な関連はなく、男子パートタイマーとして相当期間雇用された者についても、正規従業員に登用する等の特別の措置はとられていなかったことが認められる。そして、これによれば、被控訴人は、男子パートタイマー雇用契約を終始有期の契約として認識し、運用してきたことが明らかである。控訴人は、被控訴人が男子パートタイマー雇用契約において期間を定めたのは、控訴人ら男子パートタイマーを正規従業員と差別した劣悪な労働条件の下におき、労働法規の制約を免れるという脱法的な意図が存在したと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。

つぎに、控訴人は、男子パートタイマー雇用契約が原則として反覆更新され、かつ男子パートタイマーが正規従業員と差異のない、しかも全く臨時的性格を有しない作業を担当していた実態からみて、本件雇用契約における期間の定めは形式的なものであり、右契約は最初から期間の定めのない契約であったか、あるいはかかる契約に転化したものであると主張するので、この点につき判断する。

前記認定の事実関係からすれば、被控訴人の明示の意思及び契約更新の事実にもかかわらず、雇用期間の定めを形式的なものとする当事者間の黙示の意思を推認することは困難であり、また、本件雇用契約が期間の定めのない契約に転化していると解すべき根拠もない。しかしながら、他方において、男子パートタイマーの担当した業務が臨時的性格を有するものでなかったこと、男子パートタイマー雇用契約については原則として反覆更新する運用がなされてきたことなどから考えると、控訴人を含む男子パートタイマー及び被控訴人が、ともに期間が満了した時に雇用契約が終了すべきことを予期していたとは必ずしも認めがたく、むしろ、被控訴人としては、特段の事情がないかぎり、雇用契約を更新することを予定し、控訴人を含む男子パートタイマーもまた引続き雇用されることを期待していたものであって、実質においては当事者双方とも、雇用契約には期間の定めは一応あるが、いずれかから格別の意思表示がないかぎり当然更新されるべきものと考えており、かかる考えのもとに両者間の労働契約関係が存続、維持されてきたものというべきである。

そして、そうであるとすれば、被控訴人が制定実施した有期雇用者就業規則第四三条第一項には、「会社は、契約期間満了に際し、事前に予告することなく、雇用契約を更新しないことがある。」と定められているけれども、被控訴人が本件雇用契約の更新拒絶の意思表示をするには、単に期間が満了したという理由だけでは足りず、経済事情の変動により剰員を生ずる等被控訴人において従来の取扱いを変更して雇用契約を終了させてもやむをえないと認められる特段の事情の存在することを要し、かかる事情の存しないかぎり期間満了を理由として更新を拒絶することは信義則上からも許されず、あるいは権利の濫用にあたるものといわなければならない。

三  そこで以下被控訴人が本件雇用契約の更新拒絶(傭止め)をした経緯について検討する。

1  被控訴人の主張する請求原因2(二)(2)の事実のうち、荒木田課長らの説明の際、控訴人を含む男子パートタイマーの側から何らの疑義や不満も出なかったとの点を除くその余の事実、同(3)の事実のうち試験の内容が被控訴人主張のとおりであること及び被控訴人が控訴人に対し、昭和四五年二月一六日到達の書面で不合格の通知をしたこと、同(三)の1の事実、同(2)の事実のうち、昭和四五年二月二七日朝にいたり、控訴人の態度が急変したとの点及び被控訴人側がソニー労組役員らに対し控訴人の試験成績等について詳細に説明したとの点を除くその余の事実は、当事者間に争いがなく、右事実に、(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができ、前掲証拠中その認定に反する部分は措信しない。

(一) 被控訴人は、前記二で認定したような男子パートタイマー制度の推移、パートタイマーの高令化、中高年正規従業員の採用、S・C制度の新設等の情勢にかんがみ、昭和四四年夏頃から男子パートタイマー制度廃止の方針のもとに勤労部において人事担当課長を中心に検討をはじめ、現場の意見をも徴したうえ、同年末に一応の成案をえ、人事管理上雇用形態を簡素化して従業員間にみられた身分的差別感を除き、雇用の安定を図って、作業能率を向上させるため、昭和四五年一月はじめ頃、男子パートタイマー制度を次のように同年三月一五日かぎりで廃止するとの方針を決定し、同年一月九日勤労部荒木田課長らが各職場長に対し、右方針及びその内容について説明会を行った。すなわち、

(1)当時在籍の男子パートタイマーのうち、満六〇才以上の者については、雇用契約の更新を行なわず、二月一五日をもって契約を終了させる。但し、職場ないし本人の都合により雇用期間を延長することもある。

(2)満六〇才未満の者のうち、四五才以上五〇才の者については中高年正規従業員あるいは嘱託のいずれか、本人の希望する職種への登用試験を受験でき、それ以外の者は嘱託の登用試験を受験できる。受験しない者、不合格の者については雇用契約の更新を行なわず、三月一五日をもって契約終了とする。但し、職場ないし本人の都合により雇用期間を延長することもある。

(3)退職者については勤続年数により三万円から五万円(契約期間六期で一万円の基準)の一時金を支給する。

(二) 荒木田課長らは、同年一月一三日には芝浦工場、羽田工場の男子パートタイマーに対し、翌一四日には本社工場及び大崎工場の男子パートタイマーに対しそれぞれ説明会を開いて右の方針及びその内容を説明した。本社工場の男子パートタイマーに対する説明会は、満六〇才以上の者と、六〇才未満の者とに分けて行なわれ、荒木田課長は六〇才以上の者一八名に対しては、前記のような男子パートタイマー制度の廃止の趣旨を告げ、同年二月一五日をもって勇退して貰いたいと述べた。これに対して出席者側からは夏期賞与支給の関係もあるので、雇用契約の終了時期を六月まで延長して欲しいとの要望が出されたが、被控訴人側では既定の方針でもあるので、有期雇用者の就業規則には規定はないが、特に退職一時金も支給する、就業先の斡旋もするからという理由で右要望を容れなかった(そして、被控訴人は現に五名を協力工場に再就職をさせている。)。

一方、控訴人を含む六〇才未満の者四六名に対する説明会では、荒木田課長から、前記のようにパートタイマー制度の廃止、登用試験を経て中高年正規従業員ないし嘱託に登用すること、受験しない者及び試験で不合格となった者については同年三月一五日かぎりでパートタイマー雇用契約を更新せず、契約を終了させる旨を告げ、右登用試験の手続、内容、登用後の労働条件等を説明した。出席者側からは試験が難しいか等という質問が出されたが、格別の要望や質疑応答はなく、控訴人からは何の発言もなかった。

(三) 控訴人は当時満四九才で、中高年正規従業員と嘱託のいずれをも受験できたが、同年一月一六日、所定の手続に従い、被控訴人に対し中高年正規従業員登用試験の受験申込をし、同年二月三日受験した。なお、その際にも、控訴人は前記男子パートタイマー制度の廃止に関する被控訴人の方針について、格別の異議を述べていない。

試験の内容は、中高年正規、嘱託とも共通で、労働省編一般職業適性検査、社内事務に関する一般常識テスト、面接及び健康診断からなり、さらに所属長の人事考課、出勤率を加えて総合的に合否を判定するものであった。

控訴人の一般常識テストの結果は一〇点満点で三点と受験者中最低の成績であり(受験者の平均点は六・三点であった)、職業適性検査の結果も普通よりやや劣っていた。

さらに控訴人に対する所属長の人事考課の結果は、控訴人の所属する工作二課の石塚課長が、堀江課長補佐、鈴木、田中各係長代理らと相談のうえ査定したもので、業務評価については七項目を五点満点で採点し、職務遂行上の速さ、正確性が二点(劣る)であったほか、正確性及び信頼、整理整頓、節約観念、執務態度、誠実、責任感、職場内の規律を守り、良好な慣習の形成への貢献、組織尊重、他人との協力の点はいずれも三点(普通)であり、特別評価については、管理者への協力、技能習得への熱意の点は二点満点で零点となっており、以上を合計すると三二点満点で一七点という査定がされ、中高年正規従業員への登用についてのコメントとしては「パートであるという前提に立てば、日常の業務の上で特に支障はない。正規ということになると是非という感は少ない。」と記載されていて、正規従業員への登用についてはやや消極的な評価であった。右の人事考課は同年一月三一日に石塚課長から勤労部人事係へ提出された。

最後に控訴人に対する面接試験は、勤労部人事係の岡係長が最初に行ない、次いで荒木田課長が行なった。同課長らは受験者の中高年正規従業員としての適性を人物中心に評価したが、控訴人については的確な応答に乏しく積極性に欠ける印象をもったほか、中高年正規従業員としての適性に関しては、消極的評価を下した。

かくして、被控訴人は、荒木田課長を中心に以上の試験結果、人事考課を総合して判断した結果、控訴人を不合格と判定した。

ちなみに、登用試験は、六〇才未満の男子パートタイマレ四六名のうち、七名が受験を放棄し、中高年正規従業員には七名受験し、四名が合格、嘱託には三二名が受験し、二二名が合格という結果であった。

(四) 被控訴人は、控訴人に対し同年二月一四日付書面で、右登用試験に不合格となったこと及び雇用契約は同年三月一五日をもって期間満了となる旨通知し、右書面は同月一六日控訴人に到達した。

控訴人は、右不合格通知を受けた後、同年二月一七日頃石塚課長の指示を受けた内倉係長から、再就職の斡旋の依頼や退職時期の延長の希望の有無を問われた際、被控訴人の右のような配慮は必要ない旨述べたうえ、「今後は朝日新聞社の方で働く、三月一五日で退職しても心配はない」旨答え(当時控訴人は、男子パートタイマーの仕事のかたわら、朝日新聞の発送業務のアルバイトもしていた。)、同月二六日石塚課長に対しても右と同旨の答えをした。しかるに、翌二七日朝に至り、控訴人は従来の態度を急変させ、石塚課長に対し「右試験の実施は違法だ、不合格は納得できない」等と詰問し、人事考課の内容について追及するに至り、その後被控訴人が再三にわたり、控訴人本人やソニー労組役員らに対し(控訴人が同年三月一五日まで組合員でなかったこと及び三月上旬までソニー労組が格別右試験の実施等について異議を述べていた事実のないことは弁論の全趣旨により明らかである。)、男子パートタイマー制度解消の経緯、控訴人の試験成績について一応説明し、笹本勤労部長から控訴人を再雇用する意思のないことを明らかにしたが、控訴人は納得せず、右期間満了後も被控訴人のもとで働くとの意思を表明し続け、被控訴人から「契約満了による退社願」の提出を求められてもこれに応ぜず、また、退職一時金の受領をも拒んだ。被控訴人は、同年三月一九日付で三月分の賃金を控訴人宅へ郵送するとともに、「退職一時金は勤労部人事係で保管していること、退職手続をすませること、三月一六日以降許可なく被控訴人の事業場内に立入ってはならない」旨の内容証明郵便を控訴人に送付した。

なお、控訴人以外の男子パートタイマーで、会社の措置に異議を唱えて退職手続や退職一時金の受領を拒否した者はいなかった。

2  右1の(二)において認定した事実によれば、被控訴人の勤労部荒木田課長らは昭和四五年一月一四日の説明会において、控訴人を含む本社工場の満六〇才未満の男子パートタイマーに対し、同年三月一五日かぎりで男子パートタイマー届用契約を更新せず、契約を終了させる旨を告げたのであるから、これにより被控訴人は控訴人に対しても本件雇用契約の更新拒絶の意思表示をしたものというべきである。

しかしながら、本件雇用契約の更新拒絶の意思表示が有効になされるためには、前述のように、被控訴人において従来の取扱いを変更して契約を終了させてもやむをえないと認められる特段の事情の存することを要するものと解されるので、本件においてかかる特段の事情が存在したかどうかを検討する必要がある。また、この点に関連して、控訴人は右雇用契約の更新拒絶が実質上の解雇にあたるとして、信義則違反ないし権利の濫用を主張しているので、この点についてもあわせて判断することとする。

3  まず、前記1の(一)に認定した事実関係からすると、被控訴人が男子パートタイマー制度を廃止することとしたのは、主として雇用形態の簡素化と雇用の安定を図るためであって、必ずしも業務の廃止や減少に基づくものではなかったことが認められる。思うに、男子パートタイマー制度を廃止することは、もとより被控訴人がその雇用政策なり人事管理の見地等から自由に決定しうる事柄ではあるが、本件のようにそれが業務の廃止や減少に基づくものではなく、被控訴人の会社経営上の便宜によるものである場合には、被控訴人としては、現に男子パートタイマーとして雇用されている者については、経過的措置として従来の雇用形態を存続させるか、あるいは適切な代償措置(男子パートタイマーが雇用期間を二カ月とする有期雇用者であるという事情を考慮すれば、場合によっては、相当額の一時金の支給もこれに含まれるものと解される。)を講ずる等、その者に不測の不利益を与えることのないよう十分慎重な配慮をなすべきであって、かかる措置を講ずる等のことなく、単に制度を廃止することを決定したということのみでは、いまだ男子バートタイマーとの雇用契約の更新を拒絶し、その契約を終了させてもやむをえないと認められる特段の事情があるものとはいえないことは明らかである。よって、進んで本件において被控訴人が男子パートタイマー制度の廃止にあたり採った措置及びこれに対する控訴人の態度についてみることとする。

4  ところで、前記認定の事実関係からすると、被控訴人は、男子パートタイマー制度を廃止するにあたり、現に男子パートタイマーとして雇用されている者のために中高年正規従業員あるいは嘱託への臨時の登用試験を実施してその合格者を中高年男子正規従業員あるいは嘱託に登用するとともに、受験しなかった者及び不合格者にはその退職に際して一時金を支給するほか、なお本人の希望により雇用期間の若干の延長や、就職のあっせんを行なうこととして、これらの措置を実行したことが認められ、他面、控訴人及び他の男子パートタイマーは前記昭和四五年一月一四日の説明会において荒木田課長らから右の措置について説明を受けたこと、控訴人は同年一月一六日、格別の異議を留めることなく、中高年正規従業員登用試験に応募し、同年二月三日に受験したこと、その結果控訴人は不合格となり、被控訴人から同年二月一六日到達の書面で不合格となった旨及び本件雇用契約が同年三月一五日をもって期間満了となる旨の通知を受けたこと、同年二月一七日頃、控訴人は、石塚課長の指示を受けて控訴人の意向を尋ねた内倉係長に対し、雇用期間の延長や他への就職あっせんを断わり、同年三月一五日かぎりで退職する旨を答え、同年二月二六日石塚課長に対しても同様に答えたこと、しかるに控訴人は同月二七日石塚課長に対し「試験の実施は違法だ。不合格は納得できない。」と抗議し、以後退職手続をとることや退職一時金の受領を拒んでいることが認められる。

よって考えるに、被控訴人が男子パートタイマー制度の廃止にあたり右に述べたような措置を講ずることとしたのは、これをもって適切な代償措置と認めうるかどうかはともかくとして、被控訴人としては、これにより、現に男子パートタイマーとして雇用されている者が、登用試験に不合格となった者及び受験しなかった者を含めて、被控訴人との間の男子パートタイマー雇用契約を終了させるについて異議なくこれに応ずることを期待したものと認められる。この点に関連して、控訴人は、被控訴人が男子パートタイマー制度を廃止するにあたり、現に男子パートタイマーとして雇用されている者のみを対象とする登用試験を実施することとした以上、その試験は形式的なものであり、これを受験した者については、試験の結果解雇事由に相当する労働力の著しい瑕疵が認められないかぎり、被控訴人は中高年正規従業員または嘱託として採用すべき義務があると主張するけれども、被控訴人が右登用試験を実施した趣旨がそのようなものではなく、受験者もそのことを知つて受験したものであることは、既に認定した経緯及び事柄の性質に照らして明らかであるから、控訴人の右主張は採用することができない(なお、被控訴人が実際に行なった登用試験が形式的ものでなかったことも、前記1の(三)に認定したところから認めることができる。)。

そして、控訴人が格別の異議を留めることなく中高年正規従業員の登用試験に応募し、受験したことは、それが同人において昭和四五年一月一四日の説明会における荒木田課長らの説明により被控訴人の前記措置を承知した上で、かつ、これに従ってなされたものであることにかんがみ、右試験に不合格となった場合には本件雇用契約が同年三月一五日かぎりで終了し、かつ、中高年正規従業員としても採用されない結果、被控訴人との間の雇用関係がすべて消滅することとなることをも容認したものであると認めるのが相当である(仮りに、控訴人としては試験に合格することのみを期待して受験したものであったとしても、被控訴人としては前記措置の一環として右試験を実施したものであり、控訴人もそのことを知りながら右試験に応募し、受験したものである以上、控訴人は被控訴人の定めた前記措置に異議なく応じたものと認められてもやむをえないというべきである。)。のみならず、その後同年二月一七日頃、右試験の不合格通知を受けた控訴人が、石塚課長の指示を受けて控訴人の意向を尋ねた内倉係長に対し、同年三月一五日かぎりで退職する旨言明しているのであるから、控訴人は、右試験に不合格となった後においても、被控訴人の前記措置を容認する態度を再確認し、被控訴人に対し、同年三月一五日かぎりで被控訴人との雇用契約を終了させることに異議がない旨を表明したものと認めることができる。この点に関し、控訴人は、内倉係長に対する発言は、不合格通知に接した心理的動揺に基づく空いばりにすぎず、控訴人の本意ではなかった旨主張するが、控訴人はその後石塚課長に対しても同様のことを述べているのであるから、右発言が控訴人の本意でなかったものとは到底認めることができない。もっとも、控訴人はその後態度を変え、被控訴人に対し、試験の実施及びその結果に異議を述べるとともに、本件雇用契約の存続を主張していることが認められる。この主張は、右試験の内容、方法及び合否の判定が不当であるとしたものであるか、あるいは被控訴人の前記措置全体を不当であるとしたものであるか、必ずしも明確でないが、仮りに後者の趣旨であるとすれば、控訴人が被控訴人の措置をいったん容認した態度をとり、被控訴人においてもその措置に従った試験を実施した後において、しかも、控訴人は右試験後においても、本件雇用契約を更新しないで終了させることに異議がない旨を表明しているにもかかわらず、相当な理由なくしてこれを変更することは信義に反するものとして認められないというべきところ、かかる相当な理由の存することについては、これを認めるに足りる証拠がないので、控訴人の右態度の変更をもって、以上の認定を覆えすことはできないというべきである。

ところで、控訴人は右に述べたように被控訴人の措置を容認したものと認められるが、それは控訴人に対する中高年正規従業員登用試験が被控訴人によって適正に実施されることを前提としたものであると解すべきである。しかしながら、前記1の(三)に認定したところによれば、右試験の内容、方法及び合否の判定が客観性、正確性ないし公平性を欠く不当なものでなかったことを窺知することができ、これによれば、控訴人が右試験の結果不合格と判定されたことは、やむをえなかったものと認められる。控訴人は右試験の結果によれば、控訴人を不合格と判定すべき理由はなかったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、右主張もまた採用することができない。

5  以上に認定、判断したところによれば、控訴人は被控訴人がその定めた措置に従って本件雇用契約の更新を行なわず、昭和四五年三月一五日かぎりで契約を終了させることを容認したものであるから、控訴人がそれにもかかわらず同年三月一六日以降も契約の更新を期待しうる合理的理由があったとは認めがたく、その反面において、本件雇用契約については被控訴人において契約を終了させてもやむをえないと認められる特段の事情があった場合に当るというべきであるから、被控訴人がした本件雇用契約の更新拒絶の意思表示は結局有効と解される。そして、本件更新拒絶が信義則に違反し、または権利の濫用にあたる旨の控訴人の主張も認められないというべきである。

四  従って、被控訴人と控訴人との間の昭和四五年一月一六日付の本件雇用契約は同年三月一五日かぎり期間満了により終了したものと認めるのが相当である。

しかるに、控訴人が被控訴人との雇用契約の終了を争い、なお雇用契約の存続を主張して被控訴人の事業所構内に立入る等して抗議行動を続けていることは、当事者間に争いがない。

そうとすれば、控訴人、被控訴人間の雇用契約の不存在確認を求める被控訴人の本訴請求は、その余の点を検討するまでもなく理由がある。

第二  原審第四七五九号事件について

控訴人の主位的請求及び予備的請求に対する当裁判所の判断は、原判決の理由説示第二の一、二と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決五五丁表八行目及び五六丁表二行目に「第一」とあるのは、「本判決の理由説示第一」と読み替えるものとする。)。

よって、控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきである。

第三  以上の次第で、原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川島一郎 裁判官 高野耕一 裁判官 小川克介)

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